全国高校ラグビーの歴史。名勝負・名選手・名場面を振り返る!

全国高校ラグビーの名勝負

高校生のラガーマンは、この花園出場を目標に3年間という短い時間を費やします
また出場が目標・花園で1勝とのチームが多く、実力があるチームはお正月を花園でといったチームや全国制覇を掲げているチームもいます。

普通の高校生は、クリスマスの日は恋人と一緒に、お正月は家でまったりというのが理想ですが、高校生ラガーマンは年末年始も楕円球に触れる事が夢なのです。

大学生になると、地域によって違いますが全国大学ラグビー選手権や全国地区対抗大学ラグビー大会を目指します。

大学生になると高校で培った技術で活躍を期待されますが、さすがに4年生と1年生では体の出来が違いうため、その中でも1年生からレギュラーの座を掴むのは、かなり至難の業でもあります。

ですが花園で活躍したスターが、大学ラグビーでどこまで通用するのか見守るのも親になった気分で楽しいものですよ。
今回は高校ラグビーの名シーンや伝統校・大学ラグビーの名シーンや伝統校の紹介をしていこうと思います。

花園ラグビー場の歴史

高校ラグビーの歴史は古く、大正7年が第1回大会という記録が残っており2018年で98回を数えます

今となっては花園=全国大会ですが、41回大会(昭和37年)までは花園ではなく西宮球技場という所で行っていたそうで(その前は様々な場所で開催)、名神高速道路建設により現在の花園ラグビー場で大会を開催するようになったそうです。
もし高速道路の建設がなければ、花園でなくて“西宮”が高校ラグビーの聖地になったのでしょうか(笑)。

花園での伝説の試合

さて花園では様々なドラマが生れていますので、少し名場面や感動秘話を振り返ってみたいと思います。

平尾誠二の花園高校と伏見工業

平尾誠二は、中学時代オール京都に選ばれるほどの実力の持ち主で、進学先も名門花園高校へと決まりかけていた。
そんな平尾の花園高校行きを阻止したのは、伏見工業高校の山口監督であった。

山口は、平尾のプレーに惚れ込み何度も自宅まで通いつめを説得、両親は不良が多く集まる伏見工業の進学は反対したが、最終的な本人の決断は伏見工業への進学
山口の指導の下、1年生の時に京都府予選決勝まで駒を進め、対戦相手は何と進学を辞退した花園高校。

結果は敗北、平尾は準優勝のトロフィーを試合後、投げ捨てて帰路についた。
その後の猛練習で2年時には花園に出場・3年時には全国制覇
このニュースはすぐに全国に伝わり、ドラマ“スクールウォーズ”のモデルになったのです。

その初優勝した、<第60回 全国高校ラグビー大会 決勝戦>の試合を振り返ってみましょう。
若き日の、平尾誠二さんがそこにはあります。

 

ノーサイド

1984年に行われた第63回大会決勝戦、天理対大分舞鶴戦での出来事です。

試合は、後半終了間際まで天理高校が18-12リードしている状況でした。
大分舞鶴も、試合終了直前に維持のトライで18-16の2点差(当時は1トライ4点でした)に詰め寄りゴールキックを決めれば、同点両校優勝の可能性を残していました。

大分舞鶴のキッカーは、決勝戦当日は大学受験日と重なっていたが大学側の考慮で特別措置として早朝試験を行いその後試合に挑んだ主将の福浦。
無情にもキックは外れ、大分舞鶴は敗北。
それをテレビで見ていた松任谷由美さんが歌詞を書き下ろし、現在もラグビーソングとして浸透しています。

 

ラストワンプレー

1997年第76回大会決勝戦、西陵商対啓光学園の出来事です。

初優勝を目指す西陵、5大会ぶり2回目の優勝を目指す啓光の試合は、前半啓光がノーホイッスルトライ。
啓光の圧勝かと思われたが、前半は両者PGの応酬9-8で西陵のリードで折り返し、後半戦は圧力とパワーで啓光がじりじりと西陵を引き離す。

例年西陵は、「軽量商業」と揶揄されるほど軽量チームである。
しかし、試合は取って取られてのシーソーゲーム、後半戦30分西陵19ー25啓光リー後の6点差となった。
時計は後半30分を示す、西陵が啓光ゴール前に攻め込むが啓光もゴールラインを割らない。

次審判の笛が鳴ると「ノーサイド」となるのは選手も観客も全員が理解している。
何度も何度も、西陵フォワードが啓光のゴールラインを割ろうとするが突破できないため、ラックから出たボールをバックスに回し、21番の選手がステップでディフェンスをかわしゴールラインを割りトライ。

西陵24ー25啓光。
ゴールキックを決めれば西陵が逆転。

西陵のキッカーに啓光の選手は、猛チャージを仕掛けキックしたボールは、ポールに当たり実況の「あっ!!!」という声で一瞬外れたかと思ったがボールはポールの間を抜け逆転。
西陵商業の初優勝となった。

次の日の毎日新聞の記事には啓光学園は「限りなく勝者に近い敗者であった」と掲載された。

ぜひ、最後のワンプレーにアナウンサーから発せられた「あっ!!!」の理由をどうぞ!

いかがだったでしょうか?

まだまだ感動の名場面はたくさんありますが、私がこれは!という3点お伝えしました。

まもなく高校ラグビーの全国大会が花園で開催されます。
今年もまた新たな感動が生れる事でしょう。

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