ラグビーワールドカップの歴史 オーブラックスは世界一強いチーム?

ラグビーワールドカップの歴史
ラグビーワールドカップそれは4年に1度行われるナショナルチームの世界一を決める大会です。

第1回大会は1987年に開催されて、次回2019年日本大会で9回目の開催となります。優勝チームに与えられるトロフィーは、「ウェブ・エリス・カップ」と言われ、王者の証として贈呈されます。

オリンピック・サッカーFIFAワールドカップ・ラグビーワールドカップは、世界3大スポーツイベントとして注目されるビックイベントでもあります。

今回はラグビーワールドカップの歴史を見ていきましょう。

ラグビーワールドカップの歴史

まだ大会が時代の歴史が浅く、9回の実績しかありません

夏季オリンピックは2020年東京オリンピックで32回目・サッカーワールドカップは2022年大会で22回目とラグビーワールドカップは両大会の半分以下しか行われていない大会にも関わらず、ここまで注目されるのはそれだけ人気のあるスポーツなのだとわかりますね。

1983年にオーストラリアとニュージーランドのラグビー協会が、現ワールドラグビー(サッカーでいうところのFIFA)にワールドカップを開催しましょうと提案ました。

一度は却下されたもの様々な協議を重ねFIFAワールドカップとオリンピックに被らないようにと第1回大会を1987年に行いました。(サッカーワールドカップは1986年・夏季オリンピックは1988年)

第1回大会

第1回大会は、16か国が出場し、ニュージーランドが初の王者になりました。
この大会ではアパルトヘイトの影響で、南アフリカ共和国は不参加。またその時のトライ王は後に元日本代表ヘッドコーチとなる「ジョン・カーワン」でした。
ワールドカップラグビー第1回大会

第2回大会

第2回大会は、地域予選等を行い16か国が出場し、オーストラリアが優勝しました。

この大会のラグビー日本代表チームは、平尾誠二が主将とし活躍し、日本が初めてワールドカップで勝利(ジンバブエ戦52-8)をしました。
まさかこの時に、この先ラグビー日本代表チームが、ワールドカップで負け続けるなど思いもしなかったはずです。
ワールドカップラグビー第2回大会

第3回大会

第3回大会は、南アフリカ共和国で開催され、南アフリカ共和国が優勝をしました。

前回大会は、アパルトヘイトの影響で参加できなかった南アフリカで開催され、幻のラグビー大国が初出場、初優勝とまさに南アフリカの為の大会とも感じられます。
またこの出来事は、クリント・イーストウッドが監督した“インビクタス/負けざる者たち”という題名で、映画化され話題となりました。
ワールドカップラグビー第3回大会

この大会では、日本代表はオールブラックス代表と対戦し、145-17と惨敗
この結果は、ワールドカップ1試合最多失点の大会記録・ニュージーランド代表の最多得点差試合・日本代表の最多失点差試合と日本代表からすれば不名誉な結果となり、この事実を行われていたスタジアムから「ブルームフォンテーンの悪夢」と呼ばれるようになりました。

どんな試合かは、ぜひ動画で見てみて下さい。

New Zealand 145 Vs 17 Japan Rugby World Cup 1995

第4回大会

第4回大会は、出場枠が20か国に増え、オーストラリアが初の二度目となる王者となりました。

この大会では、現日本代表ヘッドコーチ「ジェイミー・ジョセフ」が日本代表で出場するも3戦全敗。
また、身長196cm体重120kg100m走10秒5で走るニュージーランド代表「ジョナ・ロムー」が、2度目のトライ王になるなどインパクトのある大会となりました。
ワールドカップラグビー第4回大会

第5回大会

第5回大会は、開催国のオーストラリアが初の大会連覇を目指しましたが、北半球初の優勝をイングランド代表が成し遂げました
ワールドカップラグビー第5回大会

決勝戦。開催国オールトラリアVS初優勝を目指すイングランド代表の一戦は、前後半でも同点で決着つかず、延長でもお互いに攻め手を欠いたままだった。

試合終了間際に、イングランド代表「ジョニー・ウィルキンソン」が、劇的なドロップキックを成功させ勝利を決め、初の優勝を飾りました。
イングランドでは、英国のラグビーの歴史の中で最も印象的な結果となったと語り継がれている。
ワールドカップラグビー第5回大会イングランド

第6回大会

第6回大会は、連覇を目指すイングランドが、決勝戦で南アフリカに敗れ、南アフリカは3大会ぶり2回目の優勝を勝ち取った。

日本代表は、ニュージーランドの英雄「ジョン・カーワン」をヘッドコーチとして迎え“2勝”を目標としましたが、結果は1分け2敗。
カナダ戦では、試合終了目前で日本がトライをあげ、そして大西将太郎もコンバージョンゴールを決め12-12の同点、これにより日本代表のワールドカップでの連敗を13で止める事が出来た

また、ニュージーランド代表「オールブラックス」は、準々決勝でフランスに18対20で惜敗し、過去6度目のワールドカップで初めてベスト4に進めず去った印象深い大会でした。
ワールドカップラグビー第6回大会

第7回大会

第7回大会は、開催国ニュージーランドが6大会ぶり2回目の優勝を成し遂げた大会となりました。

日本代表は、予選プールの中で王者ニュージーランドと対戦し第2大会で大敗した雪辱を果たそうとしましたが、その時の日本代表はワールドカップ2勝以上と目標を目指し主力メンバーを温存?していて結果は83-7で惨敗。

ニュージーランドも世界的スーパースター「ダン・カーター」(現在コベルコスティーラズで活躍中)を次戦のフランス戦に備え日本戦に出場せず、仮に日本戦で出場していると100点オーバーだったかも?とも思われました。
ワールドカップラグビー第7回大会

その優勝したニュージーランドですが、予選プールと決勝戦で前回大会に苦渋をなめさせられた相手フランス代表と戦い、見事2戦2勝し自国大会で優勝する事が出来ました。

第8回大会

第8回大会は、イングランドで行われ、2大会連続ニュージーランド代表が優勝という離れ業を成し遂げました。

この大会は、皆さん記憶に新しいと思いますが、開催国イングランドがワールドカップ史上初開催国予選プール敗退ワールドカップ初大会連覇予選3勝したチームが予選突破ならずと、様々な歴史が刻まれた大会となりました。
ワールドカップラグビー第8回大会

また日本代表は、南アフリカに勝利し「史上最大の番狂わせ」を起こし予選プール3勝しましたが、残念ながら予選敗退し「史上最強の敗者」として堂々と日本へ帰国。
ラグビーワールドカップ2019日本大会に臨みと希望を繋げた大会でした。
ワールドカップラグビー第8回大会史上最大の番狂わせ

また、観客動員数が過去最高の約248万人を数え、ニュージーランドが3回目の優勝、数々の番狂わせと最もワールドカップで注目度の高かった大会でもありました。
ワールドカップラグビー第8回大会オールブラックス3連覇

いよいよ次回、第9回ラグビーワールドカップ2019日本大会が行われます。
世界の強豪が、日本各所で試合を行うという夢のような時間まで残り時間はわずか・・・。

どんな感動と試合を見せてくれるのか、今から楽しみで仕方ありませんね。

ラグビーワールドカップの名勝負

多数の名勝負があったワールドカップですが、その中でも強烈にインパクトのある「伝説の試合」の1シーンを紹介します

1995年第3回大会準決勝 オールブラックス対イングランド

オールブラックス伝説のスター「ジョナ・ロムー」
当時は、若干20歳になったばかりだった。
決して1対1で止めることができないほどのスピードとパワーで、4トライを奪う活躍を見せ、世界中のラグビーファンの度肝を抜いた。

ついた名は、“暴走機関車”

その中でも有名なシーンは、ラックから出たパスが少し後ろに逸れ、ボールを無事にキャッチしたロムーがタッチライン際を攻め走り、一人目を巧みなハンドオフで倒し、二人目もハンドオフにてかわしたはずでしたがイングランドの選手の手が、ロムーの足首にかかり体制を崩されましたが、そのままイングランドのフルバックと対峙し、そのまま激突。
フルバックのタックルを、正面から受け止めたがそのまま地面に叩きつけ見事トライ。

フルバックの選手は、その後「ロムーのカーペット」と揶揄されてしまいました。
これほど衝撃的なトライシーンは、この先も出てこないのではないでしょう

詳しくは、ぜひ動画にてご覧ください。

疾走する伝説、ジョナ・ロムーの華麗なトライ RWC1995

残念ながらジョナ・ロムーは、2015年腎不全に伴う急性心筋梗塞の発症の為に亡くなられました
ジョナ・ロムー選手

この時代は、バックス選手に大柄な選手は少なく、ロムーのサイズ感に圧倒された部分が大きかったと思います。
現在のバックス選手は、ロムーに負け時劣らずの選手が増えてきているので、今後ロムーの伝説のトライ以上のシーンが見られるかも?知れません。

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